りきすいの郷(さと)

テキスト系の記事とか、ネタ系の記事とか書きます。

家族ゲーム

中学1年生の秋、両親が家を建てると言い出した。

良いことだ。何せ当時住んでいたのはそこそこ古いアパート。俺が生まれる前、平成になるかならないかという頃から一家が住んでいるのだ。勿論トイレは和式だったし、浴室には脱衣所も無かった。狭苦しい玄関のすぐ隣が浴室だったため、玄関のドアを開けるといきなり目の前に家族の裸体が現れることもしばしばあった。俺は3兄弟の次男だったが、そのような家に子ども部屋などというスペースは無く、多感な時期を迎えた俺にとって心落ち着く場所が家の中にあろうはずも無かった。その矢先の朗報だ。何も無い土地に新しく住居を構えるというのだ。

「1人部屋が欲しい!」

咄嗟に口をついて出た言葉に両親は難色を示した。無論子ども部屋を作るつもりではあるらしいが、それは3兄弟で共用の部屋にしたい、個人の部屋を作るつもりは無いとのことだった。

当時兄は20歳、俺は13歳、弟は10歳という状況だった。今後弟が思春期に差し掛かることも加味すると共用の子ども部屋など有効に運用できるはずもない。この先もし彼女ができたとして今日家に親いないんだ…的な展開にもならないだろう。親はいなくても兄弟がいるだろうからだ。普通に友だちを呼ぶにも気を使わなくてはならない。遊ぶ予定がバッティングしたりなんかするともう最悪だ。不便極まりない。わかり切ったトラブルなら避けるのが道理だろう。

だのに奴らは家族の団欒が無くなるかもしれないからという理由で子どものプライバシーを捨て自ら火中の栗を拾うような真似をしようとしているのだ。会社員だった兄は頻繁に"友だち"の家に泊まって帰ってこないというのに、元よりあるのかどうかも疑わしい家族の団欒とこれからの子どもたちのプライバシーとを天秤にかけ、その上で幻想にしがみつこうとしているのだ。我が親ながらあまりにも愚かだ。

俺は精一杯に説得を試みた、拙いながらも一生懸命に言葉を紡ぎ、1人部屋のメリットと共用部屋のデメリットを語った。ここで説得しなければ手遅れと思ったからだ。

必死の説得の後、両親は一言「わかった」と告げた。果たして渾身の願いは聞き入れられたのか。

 

4ヶ月後、ついに兄が完全に家を嫌になり彼女の家に居候するべく家出をした頃、これで決定だと言う両親が広げた間取り図を前に絶望する俺の姿があった。

他のどの部屋よりもスペースを割いた子ども部屋の広さは13.2畳でロフト付き。家の2階部分の約半分が子ども部屋であった。当然共用となっていたし何故か登り棒が取り付けられることになっていた。百歩譲って約束を反故にされたことはまあ呑み込むとして、登り棒ってなんだ?父が言うには、運動不足の子どもたちの健康を考慮してとのことだったが、きっとバカにされていたんだと思う。俺はこの時めちゃくちゃに不貞腐れたが、多分今されてもキレる自信がある。今の俺ならば両親を完膚無きまでに説き伏せる自信があるが、当時の学の無い俺にはそのような大業を成すことはできなかった。まったく、この時の自分の無力さが恨めしい。

 

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そうして物理的に広くなった家の中で精神的には余計に窮屈に感じるようになった状態で青春時代を過ごして大人となり、22歳で完全に家が嫌になった俺は友人に勧められるまま一人暮らしを始め、かれこれ4年が経過した。4年以上一人暮らしを経験して一度もホームシックになったことが無いのも、過去が今の俺を形作った結果なのだろうな。