りきすいの郷(さと)

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販売者の責任

先日、母校の前を通ると学園祭ののぼり旗が立っていた。そうか、そんな季節なのか。

商業高校を卒業した俺は一般教養には決して明るくないが、簿記やワード、エクセルといった社会に出てから地味に役立つことを一通り習得してから社会人となったので、実務的なところで新しく覚えることは他の新社会人たちと比べると少なかったかもしれない。

母校で教わったのは実務に関する基礎知識だけでなく、日々の挨拶などマナーに関することも沢山あった。中でも、年に一度の学園祭では外部の方々も多く来校されるということで、ビジネスマナー教育の一環として実際に接客対応をこなすことを割と厳しめに強いられた。当時はひどく面倒に感じていたことだが、こういった経験は大人になって振り返ってみると良い思い出である。

 

高校2年生の年、学園祭の様式が大きく変わることになった。

従来の様式はよくある"学園祭"の様式で、各クラスで催しを企画し、学校の内外問わず楽しんでいただくためのお祭りであった。実際、その前年1年生の時にはその様式で実施されたらしい。"らしい"というのは、学園祭の数日前に我がクラスがインフルエンザによる1週間の学級閉鎖となってしまったために学園祭に参加していないからである。級友たちは束の間の連休に各々自宅で穏やかな時間を過ごしていたらしいが、学園祭当日、他のクラスがフードやスナックを販売したり出し物を催したりする中、我が担任だけは1人教室でプラネタリウムの運営をしていたらしい。当時の担任の心中を察すると非常に胸が痛む思いだ。

そしてその翌年、従来のお祭り様式を取り止め、全てのクラスが地元商店等から物品の仕入れを手配、学祭当日に出店で販売する、商店街様式に変わった。

全てのクラスが仕入販売を行うということで、被りを防ぐためか、本当にさまざまな商品類を扱えるよう教師たちが地元商店などに接渉してくれたのだろう。従来のお祭り感も残したいという生徒たっての希望で3年生だけはフード・スナック類を販売することができ、1,2年生は各クラスで2種類の商品を扱うこととなった。和菓子、ジュース、文房具、青果など、豊富な商品が並ぶようだ。どの商品を扱うかについては各々のクラスから代表が集い話し合いがなされ、厳正で公平な抽選の結果決まった。我がクラスが扱うのは花と鮮魚であった。

一時、クラスでは暴動が起きかけたが、決まったものは仕方が無かった。代表の、俺のせいじゃないしみたいな顔が印象的だったが、ともあれこうなれば徹底的に売ってやるしかない。

花を売るか鮮魚を売るかでクラスは二分されることとなったが、こういうのは目に見えない力が働きなんだかんだで決まったメンバーが固まるものである。実際、クラスの中でもイケイケな部類の人たちが鮮魚チームに固まっていたし、どちらかと言えば大人しい人たちは花チームに固まった。かく言う俺も当然花でしょ?みたいな顔で花チームの面々に迎え入れられた。

それぞれのチームで各員に役割を振ったり、学祭当日の販売シフトを組んだり色々話し合いをしたような記憶があるが、俺はあまりこういう行事ごとに積極的に関わるタイプではなかったので、出店の装飾を作ったりなどの適当な雑用を押しつけられる係になったような記憶がある。どういう商品を仕入れるか、価格設定をどうするかなどの接渉は、それを行う係もあった気がする。チーム内でも華形となる役回りだ。「こんなのを売るんだよー」と植物の品種名を聞いたが、よくわからなかったのでその辺はあまり考えないことにした。値札を作る係の人たちが何やらゴチャゴチャと騒がしくしていたような気がするが、こういう行事ごとに関する揉め事ってのは大した内容でもないくせにその割には面倒くさいので、なるべく関わらないようにしていた。

消極的ではあったが、こういう行事の準備はなんだかんだ楽しかった。やっぱり、青春って感じがするし、チームも友だちが固まっていたので気楽だった。そして準備も万端と言った頃学祭が翌日と迫り、我らが販売する花々が届いた。

この辺りはもう殆ど忘れてしまったのだけど、数百円の価格帯の小さな鉢植えタイプのものが多かった印象だ。まあ良い、それはわかる。

しかし今でもよく覚えているのは、明らかに場違いな存在感を放つ3つの商品だった。

 

 

 


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胡蝶蘭 ¥5,000-

ゴールドクレスト ¥3,000-

ポインセチア ¥3,000-

 

 

 

頭おかしいんか?

たかだか高校の学祭如きで誰がこんなの買うんだよ。バカじゃねえのか。

当時の俺の心境をまとめるとこんな感じだ。多分全員そう思ってた。そりゃ値札作る時に気付いて揉めるわ。値段が高ければサイズもデカい。ゴールドクレストに至っては全長が1mを超えていた。あと大人になってから知ったけど、胡蝶蘭ってお店の新規オープンとかでお祝いに贈るような花なんだってね。無理。高校の学祭に来るような層の客に売れるわけがねえわ。

とは言え、届いてしまったものはしょうがない。仕入れた以上、それを捌き切るのが販売者の責任だ。聞くところによると、学祭の収益具合によっては全校生徒に配当金が分配されるとの噂があったので、こんな高額商品を仕入れといて捌けなかったとなれば大問題である。

こうして非常に暗い気持ちで学祭は始まったのだけど、想像していたほど売れ行きは悪くなかった。地域の人たちが結構買ってくれたし、数百円台の商品はその辺のチャラい他校の生徒とかでもノリで買えるようなサイズと価格帯だったし、何より開始1時間程度でポインセチアが意外と早く売れたのが大きかった。

販売時間は5時間。その内の1時間で高額商品をひとつ捌くことができたのは、販売モチベーションの向上に大きく貢献するところであり、こうなりゃ全部売ってやるぞー!と意気込みを新たにして我がチームはさらに営業活動を続けた。

しかし、売れ行きはすぐに失速した。開始3時間でようやく半分の商品数を捌いた頃、いちご大福を看板商品として扱う和菓子チームのクラスが完売したらしいとの噂を聞き、またテンションが下がる。アタリ商品とハズレ商品とでこうも差が付くものか。こうなってくると「お前あのゴールドクレストってやつ買えよーww」「やだよwww」結果イジるだけイジって何も買わないみたいなもう完全に見慣れたノリも3割増くらいで余計にイラついてくるものである。

それでも必死に声を張り上げ、売り捌き、クラスの野球部がジャンケンかなにかに負けてゴールドクレストを購入し、残すは胡蝶蘭だけだという頃、終わりまであと5分と相成った。もうダメだ── 誰もがそう思ったところへ、体育会系の教師がやってきた。クラス総出で囲い込み、あの手この手で胡蝶蘭を勧める。

「家に胡蝶蘭置いたらもう人生勝ちですよ」

「先生のような人に買ってもらうのを待ってたんだと思います。胡蝶蘭が」

「先生が胡蝶蘭を買うんじゃなくて、胡蝶蘭が先生に買わせてしまうんです」

接客対応としては完全に終わってしまったが、物量で物を言わせた我々の圧に教師が根負けし、無事に完売することができた。こうして、各クラスとも全ての商品を捌き切った。今にして思えば、おそらく各チームにおいて教師によるこのような八百長が行われていたのだ。商業高校とは言え、所詮高校生の拙い販売促進で全商品が捌けるなどとは最初から考えていなかったのだろう。そう考えると教師陣には頭が上がらない。

 

この反省を活かし、主に教師たちのお財布事情を考慮した結果、あまりにも高額な植物は翌年以降見かけなくなった気がする。

逆に、食料品などはなんだかんだで売れるためそこそこの値段のものは翌年以降も続投、さらに高額な商品も散見されるようになり、教師たちのお財布はまだまだ脅かされ続けているようだった。

ちなみにこの年の収益分配は10円で、この配当率は翌年も固定だった。おそらくそれ以降も。働いてお金を稼ぐのって大変なんだなと思った。