今日も、"奴"がいる…。
俺は仕事柄、かなり多くのお客様のもとを定期的に訪問している。その数約400。
様々な客がいる。本当に様々な、な。
饒舌な客もいれば、寡黙な客もいる。
整った顔立ちの客もいれば、不細工な客もいる。
それぞれに対応の仕方を変える必要性を伴う場合もあるため、かなり精神力を要する。まったく不愉快な話だ。
あるお客様のもとには"門番"がいる。かなり手強い相手で、訪問した俺はいつも必ず手籠めにされている。
先日訪問した際にも、"奴"がいた。
扉を開け、お客様への挨拶を済まそうとする俺の耳に、奴の咆哮が響く。
チッ、畜生風情がよく吠えるものだ…。
その獣は尋常ではない速度で俺の元へ駆け寄ると、強者の余裕を称えるかの如くゆっくりと床に寝そべる。俺を相手にする為に構えるまでもないということだ。
耐え難い屈辱、奴が俺に与えるのはただそれだけ。いつか必ず一矢報いてやろうと機を伺っているのだが、俺は大人しく跪き、獣へと手を伸ばす。
そんな俺の手を、獣が舐める。
文字通り、舐める。
「毛並みを整えろ。命令だ。」
獣がそう言った。いや、実際には俺の錯覚なのだが、動物としての本能が脳を通して俺の身体を動かす。
俺は恐怖に震えながら獣の毛繕いをする。奴は恍惚の表情を浮かべ、それを眺める。たまに俺の手を舐め、再び満足げな顔をして俺を見下す。
弱肉強食の頂点に君臨するはずの人間である俺を、奴は見下している。
俺は震え続ける。自らに襲い掛かる恥辱に。その状況を覆すことすらできない己の絶対的な無力さに。
仕事を遂行できずに困惑する俺の姿を、奴は楽しんでいるのだ。
ひとしきり楽しんだのち、チワワと呼ばれる犬種であるところの奴は主人の元へと戻る。
俺は声を発することもできないまま、再び訪れるであろうそのお客様のもとを去る。
冬の風は残酷なまでに冷たく吹き付けている…。
2018年。戌年。