電卓。社会人の必需品である。
ちょっとした計算をパパッと済ませることができ、非常に便利だ。
だいたいどこの家庭にも2〜3台くらいは電卓があるし、私たちが普段使っている携帯電話にも標準装備されている機能なので、電卓を使ったことがないなんて人はまずいないと思う。
私も6年前までは商業高校に通っていたので、入学当時に強制で購入させられた電卓(5000円)には今も仕事でお世話になっている。
そんな電卓だが、時代と技術の進歩に伴い単に算数をするだけではなく、日数計算をしたり等の本来の用途とは異なる機能を備えていたりする。
中には、その機能いる?!みたいなのもあり、今日はそんな余計な機能を持った電卓の話をしてみたい。
遡ること13年前。
当時小学5年生だった私は、ブランコから落ちた拍子に利き手の指を骨折するほどのどうしようもない阿呆だった。
この指を治すためにヤブと噂されていた地元の整形外科に4ヶ月間通院することになるのだが、それはまた別の話。
ともかく、私の知能レベルの発達は百の位まである足し算の筆算すらきちんと解答することができないほど、遅れていた。
そんな私を見かねて、割と教育熱心だった母がある日計算ドリル機能付の電卓を購入してきた。
そんな胡散臭いシロモノ、一体どこで買ってきたのか定かではなかったが、件の計算ドリル機能というものはなかなか画期的だった。
全100問に及ぶ一桁の加減乗がランダムに出題され、終了タイムと正答率が表示されるというもので、なんと終了タイムの早い順にベスト10の記録をランキングとして保存することもできる。
絶対そんな機能いらないだろ…と思ったが、電卓でやる計算ドリルというのはゲームみたいで新鮮だった。
試しに解答してみると、7分40秒という記録が出た。正答率は100%だ。
3つ年下の弟は6分台という記録を叩き出した為、早くも兄の威厳は失われてしまったわけだが、これが私の闘争心に火を付けた。
この日から計算ドリル漬けの日々を送ることになる…。
年は流れ半年後。
6年生へと進級し、最上級生としての自覚も芽生え始めた私の記録は1分30秒という驚異の飛躍を果たしていた。
もちろんこの記録は瞬間最大風速に過ぎないが、それでもだいたい2分は切るようになっていたし、正答率もほとんど100%みたいなものだった。
毎日、学校から帰宅するなり電卓を叩き続ける日々を送っていたのだ。当然の結果だ。
おかげで宿題を提出しなくなったのだが、母も満足していることだろう。
代償は支払ったが、得たものは大きい。
私は満を辞して電卓を学校へ持って行くことにした。散々バカにしてきた奴らへ、生まれ変わった姿を見せつけてやる為に。
電卓は瞬く間にみんなのオモチャと化した。20分の休憩時間がみんなの頭の体操に変わった。
最初から3分前後の記録が出ることが多いのに引っ掛かったが、それでも私の記録が塗り替えられることはなく、クラスメイト達からは称賛の声を浴びた。努力が結実した瞬間である。
だが、運動もできないただの根暗に過ぎなかった私がもてはやされるのをよく思わないやつもいた。クラスで人気の高いお調子者だ。
この計算ドリルの機能には2つほど欠点があった。
問題に対して入力した解答を確定するために、「=」ボタンを押すことで次の問題へと移るのだが、未入力状態で「=」ボタンを押しても次の問題に移ってしまう。これが欠点その1。
これに気付いたお調子者は、「=」ボタンを連打した。
当然、100問全て空欄で終えれば、正答率0%で終了タイム11秒などというぶっちぎりで早い記録が表示されることになる。すると、タイムの早い記録がランキングのトップに躍り出る。つまり終了タイムが速い順で上位に表示され、正答率は完全に無視される。これが欠点その2。
そうなると話は早い。ゴリゴリにゲームをして育ってきた世代であるところのクラスメイト達は、各々のボタン連打スキルに自信を持っており、競い合うように僕の電卓を奪い合っていた。空前の連打ブームである。
一瞬にして私の時代は終わってしまったのだ。
11秒、10秒、9秒…。正答率0%の記録がランキングを埋め尽くしていった。私の半年の努力が消し去られていく。そんな中7秒という記録が叩き出され、クラスの熱気は最高潮に達した。
盛り上がる教室で私は考えた。このまま私の時代を終わらせていいのか…。
誰もが7秒という記録に挑み、届かず散ってゆき、「=」ボタンがめげる(めげる:広島弁で「壊れる」の意)のも時間の問題かと思われたところで、クラスで一番ポケモンに詳しかった私が5秒という記録を達成した。
これによって連打ブームに終止符が打たれることとなった。
私の時代を守ることに成功したのだ。なんならちょっと気味悪がられていたが関係は無い。
熱い何かが、頬を伝った…。
後日、1分20秒正答率100%という記録を達成したが、ランキングが更新されることは無かった。